芥川龍之介「疑惑」(浅田次郎編『見上げれば 星は天に満ちて』文春文庫ISBN:4167646056)

 グイグイと物語に引っ張られていく快感。

私は何時もの通りランプの前にあぐらをかいて、漫然と書見に耽ってゐると、突然次の間との境の襖が不気味な程静に明いた。

部屋の中には、唯、ランプの油を吸ひ上げる音がした。それから机の上に載せた私の懐中時計が、細かく時を刻む音がした。と思ふと又その中で、床の間の楊柳観音が身動きをしたかと思ふ程、かすかな吐息をつく音がした。