小野正嗣『にぎやかな湾に背負われた船』

にぎやかな湾に背負われた船 (朝日文庫)

にぎやかな湾に背負われた船 (朝日文庫)

 「にぎやかな湾に背負われた船」と「水に埋もれた墓」を収録。
 表題作は三島賞を受賞しているけれど、小野正嗣は有名とは言えないんじゃないかと。本になっているのは収録作品ぐらいだし、文芸雑誌にしばしば掲載される作品はなんとも異様なというか、わかりにくい内容だし…。
 だけど、この文庫に収録されている作品は読みやすく楽しめる。ある地域のひとたちの井戸端会議の掛け合いだったりとか面白いシーンがあるし、印象的なシーンがあるし。いずれにしても、ある地域のことを語っていて、その地域には何層にも重なった時間があり、それは遠い過去(歴史と言ってもいい)、あるいは登場人物がその地域で生まれ育った時間があり、遠くない歴史であったりがあり、それぞれの歴史、時間が幾層にも重なって今があり、その地域があるってことが伝わってくる。
 その伝え方が小野正嗣の独特な迂回を重ねた文章によって、ある種伝わりにくくなっているところもあるんだけれども、たぶん迂回を重ねないと、この小説を読んだときの読後感というのは生まれてこないんだと思う。
 そういう意味で、幾層にも重なった時間というものを読者に見せる手つきから生まれる小野正嗣の世界は結構いいんじゃないかと僕は思う。